イギリス旅行記 6日目(2) 旅は人生?

大英博物館(日本の展示品)

桜の絵を見たら、日本が恋しくなった。日本の美的感覚っていいなと思った。海外で暮らしたいとか思ってたけど、やはり暮らすのは日本がいいね。

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昼のロンドン塔

昨日の夜にも外から見たんだけど、世界遺産だということなので、中に入ってみることにした。いろいろ展示品があったり、見るところは結構あった。でも入場料がむっちゃ高かった。そして、塔のくせに最上階にはいけないというしょうもない結末だった。ロンドンの街並みを上から眺めてみたかった。

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昼のタワーブリッジ

昼のタワーブリッジも美しい!!

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HMSベルファスト号

でっかい船。

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さぁ、日本へ帰ろう

タイ、香港に行った際には、最終日にまだ帰りたくないなと思った。でも、今回は日本へ帰りたいと思った。イギリスが嫌になったわけではないし、タイ、香港以上に今回のイギリス旅行は楽しかった。いや、桁違いに楽しかった。アジアとは全く違う世界観で、本当に非日常を味わえた。

日本でやりたいことがある

旅は楽しい。日常では感じられないワクワク感がある。だけど、日本でしか出来ないことがある。日本の良さが分かった。それは、日本のコンテンツは面白いということだ。Jカルチャーと呼ばれているJapanimation、J-POP、J-Fassionがある。アニメ、音楽、ファッションだ。海外に行くと、規則正しい生活になる。夜は早く眠り、朝早く起きる。なんでかって、夜テレビ見てないからだと思う。

それはいいことでもあり、退屈なことでもある。

そして、私が日常最も足を運ぶお店は本屋だ。私は本屋が大好きだ。本はいろいろなものを自分に与えてくれる。知識、精神力/体力の鍛え方、本から学んだことを活かせば何だって手に入るし、何にだってなれる。ドラえもんの四次元ポケットがなくても、的確な情報さえあれば何だって出来るし何にだってなれる。

海外に行くと、それが出来ないんだよね。もちろん、その代わりに旅を楽しむことが出来る。日本にはワクワクやドキドキを味わえる。これまで、海外にくる旅に、そのワクワクやドキドキを感じ、普段暮らしている日本がいかに退屈かを感じていた。しかし、そうじゃないんだ。日本には違うおもしろさがある。

日本のコンテンツはおもしろい

ホテルで見たイギリスのTVはつまらなかった。イギリスの番組は大抵NEWSか3DCGのアニメ、ミュージッククリップの紹介、安っぽいTVドラマのどれかだ。もちろん、英語がよく理解できないせいでつまらなかったのかもしれない。でもね、やっぱり、日本のコンテンツの方が面白いと思うよ。

英語は説明に向く言語

イギリスの本屋に行ったら、日本の漫画が置いてあったんだ。知ってる漫画もいくつかあって、少し読んでみたら、なんつうか、台詞が全部説明に聞こえるんだよ。例えば、Where is him?って書いてあって、おいおい、この主人公はそんな風に言わねーだろって思ったんだ。「Where is him?」だと、「彼はどこにいるんですか?」でしょ。いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないから、必死で探してるんだから。「やつはどこにいんだよ、全く!!」みたいなニュアンスが何にもないんだよね。意味的にはいっしょだけどさ。でも、そういうことが多い気がする。そりゃ意味的には通じるけどさーみたいなね。日本語に比べてニュアンスみたいなものが少ない気がする

英語のニュアンスは単語で、日本語のニュアンスは音で付ける

もちろん英語にも同じ意味でもニュアンスを変えることが出来る。丁寧だったり、カジュアルだったりと。例えば、コーヒーを飲みたい場合、丁寧な言い方だと「Can I have a cup of coffee?」って言うけど、これって「コーヒーを飲むことが出来ますか?」でしょ。カジュアルな言い方だと「Give me a cup of coffee?」で「コーヒーくれない?」みたいな感じだろう。日本語で丁寧にコーヒーを貰う言い方っていうと「コーヒー頂けますか?」となる。「コーヒー頂けますかね?」とか「コーヒー頂けたりなんかしますか?」とかいろいろ言い方がある。英語の場合は意味としてのニュアンス、丁寧かそうでないかみたいなのは付けることが出来るけれど、日本語はさらに言い方のニュアンス、ちょっとふざけたニュアンスとか、丁寧かどうかっていう次元じゃない、音なんだよね、フィーリングを音にして、同じ丁寧でもちょっとふざけてたりっていう言い方が出来るんだよね。

言葉の表現力の違いがコンテンツのおもしろさに出る

日本語ってのは、そんな風に、感情をニュアンスにこめられる。それは意味上のニュアンスではなく、音で表すことが出来る。「この映画面白かったです。」と「この映画面白かったですよ」は同じ意味だけど、違うニュアンスだ。

日本語は繊細な言語感覚を持っている

人間が思考する時、それは言葉使う。頭の中で「これがあーなって、こーなって」みたく。もちろん、絵や音楽っていのうは言葉で思考するんじゃなくてイメージの世界だろうけど。それで、言葉で思考する場合、その言語の特性が出るんじゃないかと思う。英語は主語述語がはっきりしているし、言葉の並び順がSVOCとか決まっているから、論理的思考に向いていると思う。型が決まっているわけだから、型通り論理的になりやすい。日本語は言葉の並び順が自由でSVOCでもSOCVでもいい。例えば「私はペンを持っている。」でも「私は持っている、ペンを」でも「ペンを持っている、私は。」でも意味が通じる。英語は「I have a pen.」じゃないと意味が変わってしまう。「A pen have I」だと「ペンは私を持っている」になってしまう。それだけ、型が決まっているということ。日本語は逆に型がないから、表現がばらつくから、まとまりにくい。だけど、その分、自由度が高くて豊かな発想が出来るんじゃないだろうか?だって、主語を先に考えなきゃいけないなんて、不自由だと思わない?考え方にも制限が出てくるよ、きっと。しかし、制限がある(型が決まっている)分、早く考えがまとまるかもしれない、その制限の中でね。プログラミング言語で言えば日本語はアセンブラ言語(自由度は高いが理解しにくい)で英語はJava(自由度は低いが高機能で分かりやすい)ってところかな。

日本語は発想に向くし、英語は伝達に向く

日本語は言語として自由度が高いから、文法に制限されない思考の仕方が出来る。でも、型が決まってない分、意味の理解が難しくなる。だから、意志の疎通には英語の方が向いているんじゃないだろうか?グローバル言語が英語であるのはそういう意味でも納得がいく。英語の下手な人同士が英語で会話するのと、日本語の下手な人同士が日本語で会話するのとでは、前者の方が意志の疎通が図りやすいのではないだろうか。

日本人はネイティブ言語(日本語)で漫画やアニメを味わえる

「グローバル言語が英語なんだから、英語圏の国で生まれれば良かった」誰もが一度は思うかもしれない。だけど、日本語っていうのは前述したとおり、自由度が高い言語だから、自由な発想が出来る。だからJapanemationは面白いんだよ。それをネイティブ言語(日本語)で味わえるっていうのは、素晴らしいことだと思う。

海外旅行は人間について考えさせられる

海外旅行に行くと、いつも言語のことであったり、外国人の考え方であったり、「人間」について考えさせられる。それは非日常であるからこそ、普段意識しない「人間」というものに意識が行くのかもしれない。

私がshouldをよく使う理由

けっこう私はshouldという言葉をよく使った。I'd like to go to airplane. What should I do?とかね。私は〜したい。どうすればいい?って意味だけど、shouldって中学校では「〜すべき」っていう意味だって習ったんだ。

それで、私はいつも「何をすべきか」を考えている。それはどんなに大変なことが起きても、「すべきこと」をし続ければ報われると信じているからだ。だから、shouldを使うときも「〜すればいいですか?」っていうんじゃなくて、「〜すべきですか?」っていう気持ちで聞いているんだ。

僕らは何をすべきか?

私は歌詞に励まされる時がよくある。その歌詞たちもまた「何をすべきか?」を歌っているものが多い。例えば、浜崎あゆみの「WHAT EVER」っていう曲がある。その歌詞の中で

「今はここですべきことをして平気になったら笑えばいい」

っていうのがある。この歌詞は私が人生に絶望してどうしても前を向くことが出来なかった時に、今は前を向けなくても、すべきことを淡々と続けていけばいいんだって思わせてくれたんだ。

他にもPIERROTの「CHILD」という曲の歌詞で

「このまま、光も差さずに天は僕に何をすべきだと言うのだろう?」
っていうのがある。この歌からは「この世は残酷で悲惨な世界で絶望しそうになるけれど、絶対に諦めない」っていう強い想いが伝わってくる。キリトの歌詞からはいつも強い信念や覚悟を感じる。

自分を信じているから「諦めない」でいられ、「諦めない」から「すべきこと」が出来て、「すべきこと」をするから「希望」が生まれるのだと思う。つまり、「自分を信じる」ことが大切だ。

中田英寿が言った「人生は旅であり、旅は人生である」って話

元サッカー選手の中田英寿が引退することをホームページで発表した際に「人生は旅であり、旅は人生である」って言ったけれど、少し判った気がする。

旅って、「旅する」と決めないと始まらない。そして、どこへ行くか?どういうルートで行くか、何を持っていくか、何をするか、そういった計画を立てる。そして、旅に出る、計画通り行かないこともある。その時はその場で別のルートを考える。また、細かいことは計画せずにその場でその場で決めていくという旅もある。旅には出たけれど、特に何もせず、のんびり過ごすなんていう人もいる。

人生も全く同じだよね?どう生きるかを計画して、実際に行動に移す。それをしなければ何も始まらない。計画しないでその場でその場で決めていくことも出来る。何もせず、のんびり過ごすことも出来る。

充実した人生を生きるには?

どんな旅(人生)をしたいか?ってことだよね。いろいろなイベントのある旅にしたければ、そういう計画を立てればいいし、のんびりしたければ、そういう計画を立てればいい。流れに任すならそれもいい。まず、自分が行きたい場所を見つけて行くことを決める。そうすれば、そこに行くことが出来るし、それをしない限り、そこに行くことは出来ない。

やりたいことを見つけて、やると決める、ただ、それだけだ。

If you enjoy your life, then you should decide to do your favorite thing. It's the just only method.

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